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パルナバズ1世(イベリア王国の初代国王)を徹底解説

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パルナバズ1世は、イベリア王国(カルトリ王国)の初代の国王で、パルナバズ王朝を築いたと言われるジョージアの伝説上の人物です。

国王の在位期間には諸説があるものの、紀元前3世紀のジョージアを統治しました。

パルナバズ1世は、アレクサンダー大王がアケメネス朝ペルシアに勝利した戦いに貢献したことで台頭し、イベリアに君主制を確立したと言われています。

まちこ
まちこ

パルナバズ1世の伝記の一部は、ジョージアがキリスト教国家になった後に作られたものであるとの説もあります。

パルナバズ1世の血統:ノアの末裔

パルナバズ1世は、グルジア神話に登場するムツヘトスの3人息子のひとりであるウプロスの子孫だと伝えられています。

ムツヘトスは、旧約聖書の「ノアの方舟」で有名なノアの子孫であるため、パルナバズ1世はノアの末裔ということになります。

パルナバズ1世の両親:父親はアレクサンダー大王襲来で死亡

パルナバズ1世の父親サマーは、ムツヘタの家長(ママサハリシ)で、アレクサンダー大王の襲来によって死亡しています。

用語解説:ママサハリシ

現代ジョージア語で、ママは”父親”、サハリは”家”を意味することから、ママサハリシは”家の父親”という意味になります。

このため、日本語では”家長”と訳していますが、小さな単位の家ではなく、親戚などを含めた大きな家の長という意味です。

母親はペルシャ人の家系でエスファハーン(現イラン)の出身です。

アレクサンダー大王の襲来当時、パルナバズ1世は3歳で、母親に抱えられてコーカサスの山中へと逃げました。

パルナバズ1世は27歳のときイベリアの国王となった

パルナバズ1世は、学説によってはイベリア初代国王として扱われているアゾンを倒し、27歳のときにイベリア王国の国王となりました。

アレクサンダー大王の中東における後継者であるセレウコス1世(セレウコス朝シリア)に対して使者と貢物を送り、イベリアの国王であるとの承認を受けました。

また、アケメネス朝ペルシアに倣って王国の制度を作ることを宣言しています。

パルナバズ1世の在位期間について

パルナバズ1世が国王となったのが27歳、また死去したのが92歳ということが資料などから確定しているものの、生年が明確ではないため在位期間には諸説があります。

  • 「紀元前302年から237年」説 – 18世紀の歴史家バフシュティ王子
  • 「紀元前299年から234年」説 – 20世紀の歴史学者キリル・トウマノフ
  • 「紀元前284年から219年」説 – 20世紀の歴史家パフレ・インゴロクワ

最大でも誤差18年ですので長い歴史のなかでは大差がありませんが、パルナバズ1世を巡る論争のひとつとなっています。

名前パルナバズ1世
英語: Pharnavaz I
ジョージア語: ფარნავაზ I
出生紀元前329年 or 326年 or 311年
ムツヘタ
死亡紀元前237年 or 234年 or 219年
ムツヘタ
イベリア王国
パルナバズ王朝
次代:サウロマセス1世
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